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Jeff talk about his drumset
 (注1)、(注3)はアルバム『鈴木義之 / L.A. Lullaby』の裏ジャケットに掲載された写真ですが、ここで注目すべきはデヴィッド・ハンゲイトのベースが既にヤマハのBBを使用していること!(注1) よっさんのレポート(注2) にあるようにヤマハによるTOTO包囲網の魔の手が既にここに。しかしこのセッションでジェフのセットはヤマハではないことは一目瞭然です(注3)。では、どのメーカーのものなのか? とりあえずジェフのインタビュー語録より勝手に推察してみると、クロームのセットであることから1980年の来日公演でも使用したヴィスタライトの可能性もあるわけですが、3個のタムの全てがクローム・モデルであることや、又胴の長さが深く見えることから、スリンガーランド製のクローム・モデルではなかろうかと...全然説得力がありませんが (^^;
 更に、アルバム『奥本 亮 / Makin' Rock』の歌詞カードより(注4)。これもどうやら上記の鈴木義之のセッション時と同一のセットのように見受けられますね。サングラスを掛けてま〜す。

 で、ここでRED氏よりコメントをまたまた頂戴しました。

RED氏 :
 スネアは限りなくカバー剥がしのビンテージ・ラジオキング。ビーバーテイルラグ(セパレート)のラジオキング叩いてるの初めて見た。(注2)、(注4)ともに同じセット。管理人さんはスリンガーランドと書いているけど、タムの内っかわがスリンガじゃないしな... ステンレス・スチールか。それこそビスタのカバー物?

 はははは、またもや私の推察は大はずれ〜(爆) 所詮素人の力はこんなものです。よっさん、RED氏の両名様ご協力ありがとうございました。

(注1)これはアルバム『鈴木義之 / L.A. Lullaby』の裏ジャケットに掲載された写真ですが
 デヴィッド・ハンゲイトのベースが既にヤマハのBBを使用
(注2)よっさんのレポート
《 ジェフが〜求めたものは? 》をご一読ください。
 さて、ここでふと思い出すのが1980年のツアーで使用された初代ラックの存在です。ヤマハのセット使用時ではともかくとして、他のセッションやライブ(ベイクド・ポテト)等でもその姿が全く見受けられないということです。そもそもあのラック自体が最初にいつ頃作られたのかということが分らないのですが、その辺りのことについてジェフが語っていることってありましたっけ? 初来日公演の時には未だドラム専門雑誌の類も発刊されていませんでしたし(注5)、日本の音楽雑誌等でもTOTOのことを取り上げることがあるにしろジェフのドラム・セットについてまで大きく取り上げてるいるということは無かったと思います。やはりスティーヴ・ルカサーなりキーボードの二人が楽器的という意味ではプッシュされていたように記憶しています。
 それで私の今の認識としてはあのラックは、デビュー直後のツアー等でも使用されていないこと。またアルバム『ハイドラ』からのプロモーション・ビデオ等にも登場していなことから、『ハイドラ・ツアー』にあたりジェフが用意したものと考えているのですが。まだこの頃のジェフにとってはドラム・ラックを利用するというのはあくまでツアーでの機材のひとつという認識だったのでしょうか? ラックについては以降の掲載記事更新時にじっくりと研究してみたいと思います。
(注5)初来日公演の時には未だドラム専門雑誌の類も発刊されていませんでしたし
『リズム&ドラム・マガジン』誌の創刊は1982年10月。
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