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Jeff talk about his drumset
1982
 1982年は、前年と異なりTOTOとして全開で活動を行ったので、かなりの情報が提供されています。できる範囲で細かく追求してみたいと思います。
(注1)これだけヤマハの文字を見たらヤマハ・ユーザーだと思いますよね、普通。

 ではまずは、問題のアルバム・ジャケットから...『TOTO IV 〜 聖なる剣』(注1)。これだけヤマハの文字を見たらどう考えてもジェフはヤマハ・ユーザーだと思いますよね、普通。ところが写っている写真を見るとすべてアルバム『ターン・バック』の頃のモノなんですね。そして『ターン・バック』の際はっきりとヤマハを使用したと明言していたジェフですが、ここでは "Jeff Porcaro's equipment speaks for itself Can Do" とされており、「聞けば分るよ(?)」などとお茶を濁すような言い回しです。

 ドラムに関しては全くの素人の私の耳は甚だあてにはならないとは思いますが、私的にはこのアルバムではヤマハのセットを使用していないように聞こえます。前項で紹介した複合セットをメインで使用したのではないでしょうか。では、なぜこのジャケットではあたかもヤマハを使っているかのように見せているのか? という疑問が残ります。答えとしては当然、単に「以前に撮影した写真を使い回しただけ」ということも考えらるわけですが、ここではあえてミステリー・タッチに考えてみることにして、顧問アドバイザーであるよっさんと協議した結果こんな風に考えることにしてみました。《 ジェフがメイド・イン・ジャパンに求めたものは? 》と重複しますが、記述しておきます。

(1) 1980年の来日の際、もしくはその前後にヤマハとジェフ(TOTO)の接触があった。
 それにより、ジェフとヤマハの間で何らかの契約事項が発生し、ドラム、ベース、キーボードはヤマハの製品を中心的にを使うことにした。
 ジェフはセッション等でヤマハのドラムを積極的に使い、結果アルバム『ターン・バック』のクレジット上に使用楽器としてヤマハを明記した。

(2) 契約上、『TOTO IV 〜 聖なる剣』ではヤマハでプレイしたことにしたかった。
 ジャケット写真で使われているドラム・セットはヤマハになっている。が、クレジットではあえてメーカー名を伏せている(Jeff Porcaro's equipment speaks for itself)。
 実際にヤマハも数曲で使用しているのかもしれませんが、メインはグレッチ・ラディックの複合セットなのか?

(3) 『TOTO IV 〜 聖なる剣』のレコーディング終了前後にパールと契約完了。
 『TOTO IV 〜 聖なる剣』のレコーディング終了後...ですよね? いずれにしても "Rosanna" のプロモでは既にパールのセットを使用して撮影されています(これについては後日記述予定です)。しかしながら、1982年来日時にはヤマハからもセットの供与を受けている(?)。

 これが今現在、JWが提言する推察としておきます。こういった件も含めて今後の研究課題にしたいと考えています。

 さて、上記の "(3) 1982年来日時にはヤマハからもセットの供与を受けている" ですが、これまでジェフとヤマハの関係について不可解に思える点について記述して来たわけですが、しかし、このようにパールとの契約完了後においても「おやっ?」と思える点もあるわけです。米モダン・ドラマー誌1983年2月号に掲載されたインタビューから引用してみます。ジェフはこんな風に語っています。

 Last year when Toto went to Japan, I went to Yamaha, not for an endorsement, but because I loved the drums. I was real shy and all embarrassed and asked if they could make me a custom set. I mean, I was ready to pay for it, and two days later, they came with four drumsets. One was a custom color and there's no other color like it.
 So it's not that I really endorse them; they just gave me the stuff. But I've never signed anything.

 と、ありますが、ジェフは殊更ヤマハと契約をしていないと強調しているわけで。当たり前か(笑) ちなみに本インタビューはリズム&ドラム・マガジン誌1月号、並びに『ドラム・ブラザー』にも翻訳記事として紹介されてはおりますが、ヤマハの件については見事にカットされてます それは単に編集上の問題なのか、スポンサーを考慮しての事なのかまでは分かりませんが...。こういうのを見てしまうと、エンドース契約の複雑さをしみじみと実感できますね。ほんと、どうなってるんでしょうね?

(注1) TOTO / TOTO IV
 話しを戻しまして... そんな・こんなで、これらのジャケット写真をすっかり信じ切っていた私は1982年の来日公演を見に行き、ジェフのドラムを見て愕然としました。まるでよっさんと逆のパターンですが(笑) なんとジェフのセットがアレだったんですから!

 というか、ライブを見た時に瞬時に「あれ、パールだよ!」と気が付いたのかどうかは記憶が定かでないのですが、1980年の来日公演 〜 "Goodbye Elenore" のプロモ 〜 アルバム『聖なる剣』という流れて築かれてきた、私の持つジェフのドラム・サウンドのイメージと大きく異なって聞えたのですよ(と思います)。もちろんこれは主勧的にそう聞えただけで実際の生の音がどうだったかどうかは別かもしれませんが(爆) ただ身も心もヤマハ(ラディック)なジェフに捧げていた私にはそれが大事件に思えたわけです!(注2)

 それとこの時の日本公演で販売されたツアーパンフレットではヤマハのセットを使用するジェフの写真が全開で掲載されていますが(注3) 、実際のライブではパールのセットを使用と、何ともちぐはぐな状態になってしまいました。いくら来日直前にパールと契約を完了したとはいえ...これは「ど〜なの? ちゃんちゃん」って感じでしょうか。本来ならもっとパールとの関係を前面にプッシュしてもおかしくないと思うのですが、ちょっと腑に落ちないんですね。よっぽど背戸際の契約完了だったのかしら?

 以下、次回の更新に続きます。
(注2)ジェフに捧げていた私にはそれが大事件に思えたわけです!
 1982年の来日公演ですが、正直、デヴィッド・ハンゲイトが来日直前に脱退したニュースを聞いた時点で半分くらい興味が冷めかけていました ==> すんごいミーハーなんですよね、私って(笑)
(注3)ヤマハのセットを使用するジェフの写真が全開で掲載されていますが
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