かくして、創造物“ドラム・ラック”は、人々の知れるところとなった。 そして、幾多もの形に分かれ、今も歩み続けている。 しかし、まず、彼、ジェフ・ポカーロとパールが創造したものは、正四角形から始まった。 世界広しといえども、正四角形のバーは彼固有のもの。 正四角形、それは、今もなお、脈々と続く、彼の意志。 ジェフとパール、その中でも“ドラム・ラック”は、私にとっては格別な思い入れのあるもの。 “ドラム・ラック”、それは、ジェフと私が同じものを共有できた、一つの“架け橋”だったのかも・・・。 ほどなく、あの声、あの囁きは、いつとも知れずなくなりました。 1992年8月5日、ジェフの突然の死で、私に多くのものが残されました。目の前にジェフの叩いたCDの数々…"運命の日"にもらったジェフのサイン… 心の中には、もう一度観たい、もう一度会いたい、一緒に写真を撮っておけば、あの時、スティックをくださいと言っておけば、ゲネプロ2日目も行っとけば良かった・・・等々。 それはそれは、多くの、悲しみと、悔しさと、後悔。 とりわけ、楽器店勤務と当時の環境から、ジェフ&パールの図式は青春の1ページ!(笑) ジェフを追いかけ、ドラム好きも相まって、ジェフの使用した楽器を追いかける日々。なので、特にジェフの楽器に関する大量の難問疑問は消化不良のまま、心の奥底へ・・・。 しかし、ジェフモノに対する物欲は、Bradyを手に入れDR-1Bにセッティングした時、私の思う最終型の再現で終わったように思います。ですが、心の中は・・・難問・疑問は迷宮入り? と半ば? いや、ほぼあきらめ、心の中を覗かないようにしてきました。 中には、時間をかけることで消化? 昇華(諦めざるを得ないもの含む)されたものもありますが、いまだに、生々しく、生焼け状態でくすぶりながら煙の出ているもの、焼け焦げていても形の分かるもの、炭や灰になってもかろうじて形を成してるもの、色も抜けてしまいモノトーンな輪郭だけもの、紙切れのようなもの、いろんな形で心の中空をあちこち彷徨いながら浮遊してました。 ですが、この先、ジェフ本人に聞くことはできないし、新たなインタビューで語られることもない、かといって、誰かに聞くことなんてできるはずもない・・・。 が、今回は、ついに、その破片を、このラックのテキストを書き綴りながら、過去の知識や会話、あることないことを総動員し、頭の中でパズルのように貼り合わせ、結びつけ、よっさんフィルター…私的なキーワード付きフィルターを情報という大河の流れにセットし、すべての情報は拾いきれないながらも、長年、フィルターにひっか掛った数々の集積されたヒントのこと…を駆使し、無理から? 数々の解答を導き、新たな再編に成功。結果、ここに、心の中のジェフは、私なりの完成形になり、思いを遂げることになりました。そして、完成されたジェフは、完全に時の翼に乗って、私から旅立ってしまったようです。 ジェフを追いかけ30年、頭の中は空っぽ? いや、スカーッと晴れわたった青空になりました!(笑) 今、思い返すと、楽器を買い漁ったり、CD買いまくったり、テキスト書き続けたり、カバーバンドや出張(?)してまでドラム叩いてきた等々、すべては、私なりの“突然の出来事”にケジメをつけようとする行動だったように思います。やっと、ジェフに対する、人生のケリはつきました。 そんな私だけの自問自答な空間に、久々、ジェフが居てくれた気がします。「これが、最後の答え合わせ、すべて終わらせようぜ!」とでも言わんばかり、傍らで一部始終を黙って見守るジェフが・・・。 これからは、“Jeff Like”な自分、ジェフを追いかけるのではなく、ある方との対話でいただいた、“Jeff Oriented”な人生を歩んで行きたいと思います。 ここに、1982年5月4日から始まった、私の長い長いジェフの旅は、すべて終わりました。