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 先ず、当時のジェフのイベントですが、

1979年 1月 3日〜4月 8日 TOTOファースト・ツアー
1979年10月 アルバム『ハイドラ』発売(注1)
オリジナル・ラックにラディックのビスタライトを使用
1980年 3月 2日〜7月18日 ハイドラ・ワールド・ツアー
1981年 1月 アルバム『ターン・バック』の発売(注2)
1981年12月13日〜12月15日 アルバム『ベイクド・ポテト・スーパー・ライヴ!』の録音(注3)
グレッチのキットにラディックのブラック・ビューティー・スネア?
1982年 4月 アルバム『TOTO IV 〜 聖なる剣』発売(注4)
1982年 5月 7日〜10月 4日 TOTO IV ワールド・ツアー

(注1) アルバム『ハイドラ』発売
(注2) アルバム『ターン・バック』
(注3) アルバム『ベイクド・ポテト・スーパー・ライヴ!』の録音
(注4) アルバム『TOTO IV 〜 聖なる剣』発売


 ジェフが、ヤマハのセットを使用した"グッドバイ・エレノア"のPVの収録がいつ行われたかは分かりませんが、上記日程から読み取ると、1980年は大々的なライヴ活動、そしてアルバム『ターン・バック』の録音。次作である『TOTO〜 IV 聖なる剣』の録音・発売をも加味すると、ヤマハ使用期間は1980年終わりから1981年末辺りの1年以内のどこかかなっ・・・?
 1982年が明け、5月からのワールド・ツアーに向けてエンドース・メーカーを探し、周りの薦めもありでパールに至る。みたいな、私の妄想です(笑)

 では、1980年末〜1981年末のジェフの活動を今回のヤマハ・カタログの考察に重ね合わせるとどうなるか? ドラムの胴をラッカー塗りと仮定して、バス・ドラムの木リムも黒のラッカー塗り仮定で、'78年12月〜'80年7月のYD-9000Rか、'81年12月のYD-9000GかYD-9000RG。でも、YD-9000に木リムの黒ラッカー装着の可能性も?
 YD-9000とYD-9000Rのもう一つの違いは、内面塗装! YD-9000は内面クリアー塗装、YD-9000Rはソリッド・ブラックならば内面は黒塗装。残念ながら、コーテッドヘッドなので確認できませんので、ここはジェフの内面色付きグレッチ趣向を加味して、内面が黒塗装を施された、最高機種のYD-9000Rと思い込む。
 バッジの形は手元の資料からでは判定しづらいが、強いて色合いから考えると'78年12月〜'80年7月のYD-9000R。
 バス・ドラムのストッパーは'78年2月〜'80年7月仕様のYD-9000かYD9000R。でも、ハイハット・クラッチは'78年2月。タムホルダーは'78年2月〜'80年7月。

 とまぁ、カタログが国内と国外で同じだということも分からないし、ドラム自体が、国内外ともに同じラインナップかどうかも、まったくの不明。既に、初期型ラックなどを製作していたので細部のカスタマイズ(スネアのストレイナー等)も考えられます…

 しかし、何故こんなドンピシャなヤマハ・カタログなのにジェフのジの字もない! 私の持っていないこの頃のヤマハのカタログがあって、そこにはジェフが載ってたりしてるのか? それならばガッド、パウエル、ポーカーロの三大巨匠。ジャズ、クロスオーバーからポップス & ラテン、果てはハードロックまでっ! もしあるのならば、ぜひ見たい! が、その間のカタログが存在しないのならば、ジェフとヤマハの組み合わせは意外と短命だったのか?
 う〜ん、分からない、分からないだらけ、分かってたまるか、分からぬが仏、知らぬが仏、このままの方が夢があるのか…すみません、ふざけた余談。

 さて、私の妄想はこれまで! 後は、各人それぞれで、謎の答えを見つけるもよし、単に読み物として楽しむもよし!(苦笑) それは、みなさんにお任せしましょう。

 ちなみに、私の導き出した答え、カタログ的観点から言うならば'78年12月〜'80年7月までの前期型のYD-9000R、もしくは'80年8月〜'12月頃のYD-9000R入手! か…?


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